2012年10月07日

書評「効率と公平を問う」

小塩隆士
「効率と公平を問う」
日本評論社
http://www.amazon.co.jp/dp/4535556792
効率と公平を問う [単行本] / 小塩隆士 (著); 日本評論社 (刊)

いやー面白かった。
内容はタイトルの通り、効率性と公平性をどう捉えるべきかという話。

「まずは、パイを大きくしてから、それを公平に切り分ける。」
これは経済学のスタンダードな発想である。
法学や社会学の分野でも「公平」の概念は登場するが、「効率」の概念を併せて扱おうとする社会科学は珍しい。僕もこれが経済学の面白いところだと思う。

1.年金制度改革

世代間格差の解消が叫ばれて久しい。
財政・社会保障分野の学者の中には、
「年金制度の持続可能性確保のため、賦課方式から積立方式への移行が不可欠」
だと主張する人も少なくない。

しかし、高齢者の積立不足を解消するため、制度の移行の際には必ず「二重の負担」が生じる。
そこで、(高齢者への給付に手を付けず)積立方式へ移行する場合に、現役世代及び将来世代にかかる損得を計算してみると、実は賦課方式の時と変わらない。世の中にはフリーランチは無いということである。
(ただし、積立方式への移行によって、賦課方式よりも多くの資本蓄積が生じるという効率性のメリットはある。)

本書での重要な指摘は、
「賦課方式下で給付削減に取り組むことは、積立方式への部分移行と等しい。」
というものである。なぜならば、積立方式への移行の目的は、現行の「仕送り制」を廃し、各世代における負担と給付をマッチさせることで、お金の流れに関する限り、公的年金があたかも存在しない状況と同じ状態を作り出すことだからだ。
分かりやすく言い換えれば、下の世代会計の図における世代間インバランスを是正する改革であれば、賦課方式だろうが、積立方式だろうが何でも結構ということになる。



いずれにしても、世代間不公平の是正のためには、「積立方式への移行で万事が解決する」という魔法の杖を振りかざすのではなく、特例水準の早期解消や、マクロ経済スライドの発動といった、オーソドックスな給付の効率化・重点化策に真摯に取り組む姿勢が必要である。

2.教育の経済学的分析

著者のライフワークである教育の計量経済学的分析も面白かった。
身も蓋もない話を言えば、難関の中高一貫校の進学実績が良いのは「優秀な生徒を集めたお陰」であり、教育カリキュラムや教員の質が果たす役割は限定的であるというものだ(強いて言えば、授業時間数が有意となる程度。)
個人的には塾の果たす役割は大きいのではないかと思うが、それにしても興味深い結果である。

教育の成果は、教育サービスの供給者(学校・教員)の努力によって生み出されるのではなく、サービスの消費者(生徒・学生)との協働によって初めて生み出される。
この点において、教育市場は伝統的な経済学で想定する市場とは異なる「準市場」であり、例えば進学実績を取り出して、教育内容が優れていたから高い成果が発揮できたと安易に断定することはできない。これは学校制度に市場原理をそのまま導入すべきでない最大の理由である。

教育成果を左右する最大の要素は生徒の能力であるが、著者の分析によれば、生徒の能力を決定付ける最大の要因は家庭であるとしている。生まれた家庭が貧困であれば、その後の人生も高い確率で詰んでしまうというのはショッキングな結論である。
また、豊かな家庭ほど、教育バウチャーや学校選択制に好意的な関心を示す傾向にあり、これが、子どもの教育格差を拡大させることも懸念される。

よって、そこから導き出される政策対応は「子どもの貧困」の解消、すなわち、子育て世代への所得分配の強化ということになる(その際、これまでの現金給付が良いのか、それとも現物給付の強化が良いのかは大きな論点となろう。)
真に必要な人々に必要な支援を行うためには、現役世代から高齢者への世代間移転だけでなく、世代内での公平性確保を図ることも重要な政策課題である。

3.その他

次に、本書でちょっと気になった点をいくつか。

税と社会保険料を十把一絡げに「再分配の仕組み」としているが、果たして正しいだろうか。
社会保険料は、負担が受益にリンクしていなければならない。未納というモラルハザードを防ぐためにも。
西沢(2011)でも指摘されている通り、基礎年金拠出金や後期高齢者支援金は、
社会保険料によって再分配を行う仕組みとなっており、問題がある。
再分配はやはり、税によって行うべきなのである。基礎年金の国庫負担割合が高められた(1/3→1/2)理由はまさにそこである。

もう一点。対GDP比で見た社会保障給付費が上昇してきた一方、税・社会保険料は一定で、負担が将来世代に先送りをされてきたという図がある(180頁)。しかし、税と社会保険料を合算するのは少しミスリーディングではないか。
社会保険料はこれまでも確実に上昇してきた。家計調査をみても明らかである。
また、税といっても、その全てが社会保障に充当される訳ではない。さらに、税には景気に敏感な法人税・所得税も含まれており、これはGDPに連動するだろう。

厚労省の試算(社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月))によれば、
これから先、国の一般会計における社会保障関係費の伸びを上回るペースで、社会保険料は上昇していく見込みである。
筆者が指摘するほど、現役世代が将来世代に負担を先送りしているとは言えない。
(もちろん、足もとで進行するプライマリーバランス赤字や、貯蓄の取り崩しは何とかしなければならないが。)

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いずれにせよ、考えさせられる内容でとても面白かった。
2012年のベスト経済図書に推したい。オススメです。
posted by あうあう at 18:14| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

書評「アイデンティティ経済学」

アイデンティティ経済学 [単行本] / ジョージ・A・アカロフ、レイチェル・E・クラントン (著); 山形浩生、守岡桜 (翻訳); 東洋経済新報社 (刊)

これは読むべきかどうかは分からないですけど、なかなか示唆に富んでて良かったです。

落語家の故・立川談志師匠は、いみじくも
「人間のあらゆる行動は不快感から生ずる」
としばしば仰っておりましたが、これって実に深い言葉ですよね。

例えば、
「冬は厚着をする」⇒「厚着しないと寒くて不快だからそうする」
「ボランティアに行って人助けする」⇒「ボランティアしないと不快だからそうする」

そして、そこから導かれる結論は、
「現状は正解」
ということになります。(∵ 現状に不快感を感じているならば、それを変えようとしてる筈だから。)

このような行動を経済学的に説明するのが、アカロフの「アイデンティティ経済学」です。

訳者の山形浩生氏の解説を読めば、同書のエッセンスは大体分かってしまうのですが、
伝統的な経済理論における「古典的な効用」に、「アイデンティティ効用」を足し合わせたものを、
人間は最大化しようとして行動する。という考え方を、色々な事例で説明しています。

「古典的な効用」の分かりやすい例は、労働者供給を説明する際に用いる効用関数でしょうか。
労働者は、働くことで賃金(w)を得られる一方で、働くほど余暇(l)は失われる。
wが増加すれば効用は増えるが、それに比例してlが失わるので、効用は下がる。
労働者は、効用関数U=u(w,l)を最大化するように、「どれだけ働くか」を決める。


そして、これにプラスするのが、「アイデンティティ効用」です。
人は、自らが所属する社会的カテゴリを、意識的にしろ、無意識的にしろ選択する。
そのカテゴリの中には「どう振る舞うべきか」という規範・理想がある。
規範・理想と一致した行動を取れば、アイデンティティ効用の利得はプラスとなり、逸脱した行動を取れば、マイナスとなる。


例えば、学校の不良グループに属している人間は、授業をサボったり、喫煙をしたりと非行に走る傾向にある。
将来の利得を犠牲にしてまで、そのような不合理な行動を取るのは、集団内で「そう振る舞うべき」という規範があるからに他ならず、
多少の経済的利得が損なわれようとも、規範と一致した行動を取って、アイデンティティ効用を上げようとする。
こんな感じですかね。
いわゆる「破滅願望」を持つ人の行動原理も、これで説明できてしまうような気がします。

本書では、労働・教育・ジェンダー・人種など、様々な事例にこのフレームワークを適用し、人間の行動を分析しており、なかなか興味深い。

政策上のインプリケーションもありそう。
例えば、企業や経営者に愛着を感じ、一体感を持って働く労働者(インサイダー)は、多少の賃下げが行われたり、労働環境が悪化しようとも、離職しずらい。
一方、企業文化に馴染めない労働者(アウトサイダー)は、賃金が少し上がろうとも、辞めるインセンティブが大。
そこで、合宿研修とか積極的にやって、労働者みんなをインサイダーに引きこむことで、企業は結果的に労働コストを低く抑えることができる。と。

これって何か、選挙とか経済政策とかに応用できないですかね・・・。
posted by あうあう at 23:55| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

税と社会保障の抜本改革

税と社会保障の抜本改革 [単行本] / 西沢 和彦 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)

2011年、僕が勧める経済書ナンバー・ワンです。
今まさに、「一体改革素案」の年内とりまとめに向け、政府・与党が動いており、
このタイミングでこの本を読めたのはまさに時宜を得たものでありました。
(本稿、post時点では越年の可能性あり)。

1ページ1ページが本当に勉強になって、
やっぱり、もっとこういう本を積極的に読まなきゃいけないんだなと思った1冊でした(*´ω`*)

SNAで見た、一般政府(中央政府・地方政府・社会保障基金政府)間の所得移転の概況から始まり、
日本の消費税・個人所得課税の仕組み・構造・課題も非常によーく分かりましたし、
年金財政・制度、医療保険制度、子ども手当、給付付き税額控除についても、すごく勉強になりました。

やはり社会保障制度について語る前にですね、個人所得課税における「収入」と「所得」の違いや、
「経費控除」「所得控除」「税額控除」それぞれの段階の違いをちゃんと頭の中に入れて置かないと、
「一体改革」の議論には参加できないだろうと。これはとても重要な出発点です。

それで、僕は今まで勘違いをしていたのですが、
「社会保障・税一体改革」の「一体改革」とは、
「社会保障費削減と増税を一体で行うことで、財政赤字を減らす改革」
という矮小な話ではない(結果的にそうなるとしても)。
それが真に意図するものは、
「社会保険料と税の役割の再構築」

ではないでしょうか。

つまり、社会保険料は、本来、受益と負担のリンクを身上としている。
一方で、税の論理は、所得再分配にあります。

しかし、被用者保険制度からの基礎年金拠出や、高齢者医療制度への所得移転、さらには国費投入によって、社会保険料と税の役割がごっちゃとなってしまい、制度全体におけるキャッシュ・フローも複雑怪奇なものとなっているのが現状であります。
国民の負担受け入れが進まない原因には、そういう理由も大きいのではないでしょうか。

再分配は税でやるべきという原点に立ち返れば、給付付き税額控除の導入こそが、「一体改革」の一丁目一番地の施策であると存じます。
例えば、国民健康保険における保険料負担を、従来のような所得控除ではなく、給付付き税額控除という形で適用するとともに、国保における国庫負担を漸次縮小することで、政府部門間所得移転(中央政府→社会保障基金政府)を、中央政府→家計への直接移転に改めることができます。
こうすることで、キャッシュ・フローが明確となり、税の論理が活きてくる上に、相対的貧困率の改善に対しても大きな効果が期待できます。

もちろん、給付付き税額控除の導入にあたっては、番号制度の導入のみならず、国税庁と市町村の税務行政の統合が、低所得層も含めた所得情報の正確かつ一元的な把握と管理に向けて不可欠となります(国税庁と日本年金機構の統合という、従前の歳入庁構想では不十分)。

繰り返しになりますが、「一体改革」とは、これらの制度全体を抜本的に改めるものであり、
「社会保障給付下げ、税率引き上げ」以上の、重要なインプリケーションを持つ改革であると言えましょう(`・ω・´)


以下は個人的な感想ですが、一体改革において、世代間対立をいたずらに煽るのも多分良くなくて、
政府自らが身を切るべきところ(公務員人件費、議員定数等)は切っていかないと、世論的に増税なんてできないでしょうし、
現役世代についても、給与所得控除の見直しなど、消費増税以外の財源捻出プロセスは、まだございます。
もちろん消費増税は不可避ですが、社会保障制度・税制全体をぐるっと見回してみないことには、真の改革というのは道遠しなのだなあと、自戒を込めて思った次第です(*´∀`*)
posted by あうあう at 20:29| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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